子どもの持つ種を開花させるために大人ができること

子育て
松岡享子さんのロングインタビュー『子どもたちの心に届ける 自然・ことば・遊び』

子どもたちと共に時を過ごすときに、大人には何ができるだろう?

私が思うに、それはきっと「教える」ことではない。
では何ができるというのだろう?

ある方が子どもたちと関わる機会を与えてくださって、
”その子どもたちとより素晴らしい時間を過ごすためにあなたにできることを考えてみてください”
という課題をくださった。そのことについて考え続けている。

私はその課題をもらった直後に、「表現」というキーワードでとある「授業」を考えた。

具体的に説明をすると、その「授業」とは、6歳から15歳くらいの年齢の子どもたちがさまざまな表現について知り、自分の好きな表現方法を選び、それを使って表現をしてみるというものだった。

発想のとっかかりとしてはよいと感じる。しかし、引っかかっているものがあった。
それは「これは“子ども”向けではなく“大人”向けではないか」ということ。

そのときは「子どもも大人も同じ人間なのだから」と自分を納得させて、そのまま課題をくださった方にそれを文書にしてお渡しした。

しかし本当にそうだろうか?
果たして子どもと大人は全く同じに扱ってよいものだろうか

たとえば。
私の息子はもうすぐ3才で、少し前から文字に興味を持っている。興味を持ち始めたとき、文字を覚えるツールとなるおもちゃを買い与えようかと思った。

しかし複数の方からアドバイスをいただき、何も与えないことに決めた。
それは、自分の力で文字の形と音を結びつけるプロセスを楽しんでほしい、と考えたからだ。
知識を与えられる前に、子どもであるという状況をめいっぱい味わい尽くしてほしいと思ったのだ。

翻訳家であり児童文学研究者である松岡享子さんのロングインタビュー『子どもたちの心に届ける 自然・ことば・遊び』という冊子がある。木城えほんの郷ブックレットの3冊目だ。その中で松岡さんはこのようにおっしゃっている。

松岡享子さんのロングインタビュー『子どもたちの心に届ける 自然・ことば・遊び』木城えほんの郷、2018
松岡享子さんのロングインタビュー『子どもたちの心に届ける 自然・ことば・遊び』木城えほんの郷、2018

「子どもは、放っておかれると、ほんとに独創的なことを思いつく」
「普通の子どもというのは、精神的な自由と妨げられない時間と、何かのきっかけになるちょっとした情報と知識、そういうものを持っていたら、自分でクリエイティブになることができる
クリエイティブになる種は子どもの中に全部ある」 

『松岡享子ロングインタビュー 子どもたちの心に届ける 自然・ことば・遊び』木城えほんの郷、2018

 その上でこう書かれている。

 「本を読んだ後の時間、できるだけ子どもたちにぼーっとさせておきなさい
 「読みっぱなしでいいんですよ。読んだものが発酵し熟成するのを待てばいい

『松岡享子ロングインタビュー 子どもたちの心に届ける 自然・ことば・遊び』木城えほんの郷、2018

 また、本から受けた感動を言語化するには分析をしなければならず、

 「分析というのは、分けて、切って、つまりずたずたにすることです。」

『松岡享子ロングインタビュー 子どもたちの心に届ける 自然・ことば・遊び』木城えほんの郷、2018

と。

私が「授業」によってしようとしていたことはこれだ、と思った。言語化に関わらず、無理矢理アウトプット=表現させようとするのであれば、「授業」は子どものクリエイティブの種をずたずたにしかねない破壊兵器だ。

確かに、10代後半以降の人にとってはおもしろいアイデアだったかもしれない。だけど私が相手にしようとしているのはその前の、「子どもたち」だ。

子どもには子ども時代を遊びつくす自由が与えられてほしい。だからまずはアウトプット=表現したいと思えるまで体験の積み重ねをする方がいいのではないか。もう少し、課題の答えを探すための冒険が続くようです。

それにはとりあえず、やってみるのがいいのかもしれないですね。

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